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どうして

緑資源機構という独立行政法人を舞台にした官製談合に古くから係わり、
現在のシステムを作り出した陰のドンと言われる人物が自殺をした。

色々なマスコミでは、「自殺で何を守ろうとしたのか」と言われている。
関係があるのか無いのか判らないが、松岡元農水相もある表現では
疑惑に対して「言いたくても、言えなかったのではないか」ともされている。

古くはロッキード事件の小佐野氏もそうであったように、大きな疑惑には
犠牲者が出ている。亡くなる事で事実関係も明るみに出される事なく、
事件は闇へと消えていってしまう。
亡くなる方が首謀者の場合もあるだろう。或いは首謀者を庇うか何かを
明るみには出せない圧力がかかって、自殺に追いやられる場合もある筈。
機構の元理事や大臣は後者の様な気がしてならない。



特殊法人解体という改革の結果、独立行政法人となった組織が起こした
今回の事件。以前の体質と何も変わっていなく、看板の付け替えにしか
過ぎなかった。

そんな今言われているのは、政治と金の問題。
国会でも質疑され、大雑把に言えば与党が責められ、野党が攻める側。

しかしこの問題は、どの政党が与党だからというものでは無い気がする。
永遠と繰り返されてきた談合。必ずしも悪い事ばかりではないという意見
もあれば、疑惑に係わってきた議員の出身地である地元の有権者はこぞって
その代議士を素晴らしい先生と評価している。

何故談合や政治不信となるような疑惑が絶えないのかを考えてみると、
もうそれは日本人の特性とも言える気がする。

朝、妻と何故今回のような事が後を絶たないのかちょっと話した時に
面白い事を言っていた。嘗て彼女は海外事業部も存在する某メーカーに
勤務していたが、配属になった時に教えられたのが、欧米に比べてアジア
では個人による会社の支配が強く、賄賂性が非常に高いというものだ。
つまり一握りの実権を握っている人が会社を思うように仕切っているので
結果として個人が懐具合を温めるという思いに駆られ易いという構図だ。

確かに現在、私が仕事上付き合っている会社でも、外資(ヨーロッパ系)
の商習慣は私の感覚からすると、ある種異様にも思える。同じ様に私自身

も彼らからすれば考えが違う人種に見えるのだろう。
決して私が収賄をしているという事ではないが、根本の考えに欧米ほど
ドラスティックになれないというのは確かにある。日本の義理人情も
それらと全く別次元とも言えないのではないだろうか。少なくとも、違った
文化であるという事は否定できないと思われる。

遺書に書かれた「探さないで下さい」とは何に対してなのだろうか。
命を絶ってまで、ケリをつけなければならなかったモノは一体何だろう、
という疑問の答えは明かされる事は無いかもしれない。

非難を一身に浴びていた人の死を通して、私達日本人の人間性を考えて
しまうというのも虚しい気がする。人は性善説で語られる存在なのだろうか?

2007年05月29日 | Comments(0) | Trackback(0) | フト思う
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