スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--年--月--日 | スポンサー広告

幾つになっても○○ちゃん

昨日親戚の法事があり、久し振りに従兄弟と会う事ができた。
私の母親は兄弟が多く、その子供である従兄弟もまた多い。親戚が一同に会するとその賑やかさと言ったら、何だか嬉しい。これも故人が引き合わせてくれたのであろう。

数年来会っていなかったので、私が判るまいと、やってくる従兄弟を見つける度に母が
「ホラ、○○ちゃんだよ」と耳打ちしてくれるのだが、これがおかしな話である。
小さい頃一緒に遊んでくれた従姉妹達なので、遠くからでも一目で私には判るのに…。

挨拶を交わす度に、○○ちゃん…と相成るわけだが、私が小学生の時に既に大人に見えた
彼女達は、私より10歳程離れているから、もう結構なオバちゃん達なのである。
それでもその後、昔話や現状などを話す時にお互いを呼ぶには当時のまま
従姉妹達を私は「○○ちゃん」と呼び、彼女達は私を「○○くん」である。

タイムスリップしたかのような感覚であったが、目の前にいたのは昔のイメージの従姉妹達だ。


従姉妹達が私と年が離れているのだから、そのお子さん達が結婚をし、幼子までいる。
もうそうなってくると、頭が混乱してくるし、法事でも駆けずり回る元気な子供達を見ていると、目で追う私の頭の中までグルグルしてくる。

昔の大家族がそうであるように、年の離れた兄弟がいれば、その親戚の年齢もマチマチで、
兄弟の世代、親の世代、祖父母の世代、とはっきり分かれているのではなく、
それぞれの世代間に子供達がいて、御婆ちゃんになっている(孫のいる)従兄弟や、
成人前の叔父さんやら何やらで、毎度の事だが、家系図は必要だと感じた。
その場を見る限り、少子高齢化とはどこの国の話だろうかと首を捻ったものだ。

そして何よりも、こうした大家族を支えてきた祖父母に尊敬と感謝の気持ちで一杯だ。

先人に無言の応援を受けたようで、私にもまだまだやるべき事が多い事に気付かせてもらった。
背中をそっと押された様な、優しい応援を受けた貴重な時間であった。


6:36 投稿

2007年02月13日 | Comments(2) | Trackback(0) | 家族・教育
コメント
そうそう私も「00ちゃん」娘時代に戻ったみたいで
違和感なく返事してしまってる^^;
いつまでも子どもなんですよね。こそばゆく恥ずかしいけど、ホットする^^
シュナまま URL 2007年02月14日 18:48:55 編集
シュナままさんへ
話してて、お互い可笑しいなとは思いながらも、その方がしっくりするから
仕方ないのかも知れませんね。

その従姉妹達、皆、お孫さんがいる『おばあちゃん』なんですけどね。
私なんかは、『若いオジサン』と称して、彼女達の子供(と言っても既に子持ち)に紹介されていたんです。

昔と同じ呼ばれ方をするって、子供の頃の同級生もそう呼び合いますよね。
motasuke URL 2007年02月15日 00:01:44 編集

管理者だけに表示する

最近の記事

プロフィール

カレンダー

最近のコメント

リンク

カテゴリー

月別アーカイブ

こんなん書きました

最近のトラックバック

ブログ内検索

RSSフィード

FC2カウンター

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。