30, 2006
社会貢献と利益追求
公共機関の事故や不祥事が目に付く今日この頃皆様如何お過ごしでしょうか、motasukeです。

報道される時には必ず枕詞でもあるかのような決め台詞で

『利益追求』のあまり…
そんな点を指摘したところで、急に安全第一になどなるものか。

『モラルの欠如』が…
大企業が競争社会の中で生き残る為に奇麗事だけで済むものか。

個別に聴き取り調査を行えば必ずや
『皆様の安全を第一に』…と模範解答が返ってくるだろう

つまりは安全が重要なのはわかるが、企業とはそれ以上に利益を追求するのが体質であり、利益を追求しない団体なら端からボランティア団体の届けをすればよいはずだ。

社会貢献を行うのが企業の最優先事項というのであれば、建前論の空回りを促すようなものだ。事故が起きる度に繰り返される同じ議論。もういい加減に自浄作用など期待するのを止めたらどうだろうか。

良心の部分では、安全が最優先だが、実際には利益追求という呪縛から抜ける事ができないのなら、事故を起こした時にはそれまでの利益が吹っ飛ぶくらいの課金を科せば良いのである。

荒唐無稽な事を言っている事くらいの自覚はしている。だが、こうでもしない限りは安全がより重要視される事など永遠にこないのではないかと心配になる。

社会レベルに於いて、懲罰を恐れての判断をするようでは低俗な社会である事も分かるし、人間の質を長い目で見れば堕落させる事にもなるというのも理解できる。

しかし希望を胸に抱いて歴史を刻む為に、何人の命を失えば目が醒めるのだろう。身の回りの誰を失えば、被害者の気持ちを汲み取る心を持つ事ができるのだろう。

置石という悪ふざけや、飛び込み自殺で列車運行に影響を及ぼした場合には、本人や家族に損害賠償請求がなされるが、自らが招いた事故やダイヤの乱れには多額の迷惑料が支払われないのは何故だろう。

自分の都合の良いように解釈する大企業に『社会貢献』という言葉は使って欲しくない。

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21:38:43    comment:4    trackback:0   [フト思う]
Posted by motasuke (もたすけ)
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